APNEA WORKS by Ryuzo SHINOMIYA
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    ウンベルト・ペリザリ 世界記録アテンプト 観戦レポート

ウンベルト・ペリザリ、バリアブル世界記録131m達成!


 2001年11月3日、ウンベルト・ペリザリは南イタリアナポリ湾に浮かぶカプリ島においてバリアブル−131mの世界記録を樹立した。11年に渡るキャリアの最後の場として彼がこの地を選んだのには訳がある。56年前にレイモンド・ブッシャーが世界で最初の公式記録(−30m)を作ったのがこのナポリ湾なのだ。恐らく彼にとってキャリアを終えるのにこれ以上の場所はないだろう。
 彼の挑戦はおおかたの予想を裏切り、バリアブルとなった。5月に来日した際に自身も「コンスタントで85〜90mが目標、90m行けたらグレートだ!」とラストアテンプトについて語っていたのだから。しかしどうだろう、このバリアブルで131mという数字。1996年に自身が作ったノーリミット131mを今回は自力で浮上する方法で挑むのである。決して簡単にいくものではないはずである。またこれまではジャックやエンゾが作ってきたノーリミットの記録をバリアブル、コンスタントといったハンデのある方法で同じ深さのグランブルーに訪れていたのだが、今回は過去の自分の記録をハンデを背負って自分で超えるのである。ナポリ湾、−131m・・・彼のアプネアに対する美学が伺い取れるラストアテンプトとなった。

 挑戦の前日はナポリで記者会見とロープ計測が行われた。記者席の前列に陣取っていた我々に気付くなりCIAO!と手を振ってくれた。気さくでいい人だ。とてもこれから世界記録に挑戦するようには見えない。会見中も小さな女の子の質問に熱心に答えてあげたり、時折冗談を言ったりとてもリラックスしている様子であった。ロープ計測が行われるとさらにフラッシュが激しくなるのだがにこやかに対応しすごい余裕っぷりを見せ付けられた感じである。
 ロープは30mm程の直径のものが使用された。一方の端を石の頑丈な置物に固定し一方は車で引っ張りロープを伸ばす。そしてマッシモ隊長が0mと131mのところにマーキングを施し最後にFIPSAS(イタリア潜水連盟)の3人がサインをして完了である。

 挑戦の当日、カプリ島は晴天ながら風が強く、うねりが相当入っていた。水温は22度、透明度は20mと伝えられた。早川さん、稲葉さんは撮影をする為、アテンプト船へ乗船することが許可された。一方私はセクターの用意した大型の帆船へセクターの重役たちと乗船することとなった。アテンプトの行われるポイントには既にアテンプト船を始めTVクルー用の船や観光客の乗る船、ヨット、モーターボート、シーカヤックなども集まってきており、彼の到着を待っていた。アテンプト船がアンカリングを開始するとこちらまで緊張度が高まってくる。自分の乗った船は大きい為あまりアテンプト船までは近づけないが離れた所からでもひしひしと緊迫感が伝わってくるのだ。コンセントレーションを終えたウンベルトが船の縁に座り呼吸を整え始めている。大きなうねりによって船が大きく傾く。弾丸型のニューザボーラは波に揉まれながら彼が乗り込むのを待っている・・・
 今回のザボーラは2年前の150mノーリミットのモデルとは若干の改良が加えられたものであった。ボディー色はシルバーでFRP製である。基本構造は前モデル同様、弾丸型のザボーラにすっぽりと足を入れることができるのだが、大きく変わった点としては前回のモデルはロープが筒の中心を通っていたが今モデルはロープが中心よりもかなり外側を通るように出来ている。恐らくこの改良によってザボーラ内での有効スペースが増え、内部でフィン等が引っかかることが少なくなったのではないかと推測できる。
 ・・・彼がいよいよザボーラに乗り込み最終段階に入った。マッシモの率いる潜水部隊は海中に消えていき、水面ではダビデ達のサーフェスセキュリティーが固唾を飲んで彼を見守る。遠くからでは強風でカウントの声や彼の呼吸音などはとても聞こえてこない。そんな中、突如彼がグランブルーへの最後のスタートを切った。「行ってしまった・・・。」海上では取り残された人間が彼の無事の帰りを祈るだけである。それしか出来ない事がとても苦しい。きっと彼の家族は何倍もそんな気持ちなんだろう。彼が−131mから帰ったのはそれから2分44秒後(潜行1分6秒)のことであった。一斉に船という船から汽笛が鳴り響き、「ウンベルト!ウンベルト!」と観衆から拍手喝采が沸く。世界記録の樹立の瞬間である。その後すぐにシャンパンを片手にゾディアックに乗り移り、各船を廻って手を振り、笑顔を振りまくファンサービスも忘れない、さすがである。それにしても満足げでうれしそうな表情を浮かべていたのが印象的だった。しかし今回は彼に一体どれだけのプレッシャーがかかったのだろうか。TVの生中継、クレッシ、セクター等のスポンサー、そして自身の引退・・・これだけの状況下で記録を出したのだから彼は本当に偉大である。

 こうして彼は19個目の世界記録を見事樹立し、11年のキャリアに終止符を打った。彼はアプネアをスポーツとして高次元のアクティビティーへと進化させ、自ら体現して見せてくれた。彼の競技成績が輝かしいのは言うまでもないが、世界のトップに立ち続けるのと同時にWCの開催、アプネアアカデミーの世界進出、ドキュメンタリー、映画出演などを通じてアプネアの素晴らしさを全世界に啓蒙してきた点がウンベルトがウンベルトたる所以であろう。彼がアプネア競技の世界からいなくなることは少々寂しいことであるがきっと彼の頭の中では既に次のプロジェクトが動き出していることだろう。ウンベルト師匠とにかくお疲れ様でした、素晴らしい瞬間をありがとう!

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