素潜り水深76m 日本新記録樹立 DIVER ’03年12月号より転載
インタビュー・文/坂部多美絵
コンスタント・ウエイト(素潜り)で日本新記録・水深61mを持つ篠宮龍三さんが、去る9月28日、西伊豆・井田にて、さらなる記録樹立を果たした。
ジャック・マイヨールにあこがれ、フリーダイビング界に飛び込んでから5年、日本ではすでに他の追随を許さない存在となった26歳の若きエースが体験したグランブルーとは? そして次なる目標とは?
インタビュー
――フリーダイビングを始めてわずか5年で、コンスタント・ウエイト-76mという記録を出されたわけですが、以前から何か特別な運動とかされていたのですか?
中学のときはテニス部、高校のときはバンド活動、水泳は好きだったけれど特に競技者というわけではありませんでした。身体つきは華奢だし、いたって普通な学生でした。
――フリーダイビングを始めたきっかけは?
大学時代、所属していた探検部でスクーバダイビングを始めたんです。よく海には通っていましたから素潜りも自然にやるようになって。最初に素潜りをしたときは、-25mまで潜ることができました。それから自分なりに「-30mまで潜ってみよう」と思うようになりました。-30mの壁を超えたのが、22歳のとき。当時、日本代表のレベルが-30mくらいだったので、「これなら僕も日本代表として世界大会に出られる」と意欲がわいてきました。
ちょうどその頃、映画『グランブルー』を見たんです。そこでジャック・マイヨール氏にひかれ、本も読みました。ダイビングでよく通っていた東伊豆・富戸で’70年にマイヨール氏がノーリミットで-76mの世界記録を残したという事実を知ったのもこの頃。いつかは僕もチャレンジしたいなと思っていました。
――実際にマイヨール氏とはお会いしたことは?
ありません。お見かけしたことはあるんですが。でも、僕が現在所属しているフリーダイビングクラブ《ブルー・ブラッド・ブロス》の創設者である松元 恵さんや、僕をフリーダイビングのインストラクターにしてくれたイタリア人のウンベルト・ペリッツァーリ氏はマイヨール氏と深い親交があったので、彼にまつわるさまざまな話を聞くことができました。
――今回の記録・-76mは、マイヨール氏を強く意識しているわけですね。
はい。今回の記録は当初、富戸で出す計画をしていたのですが、当日の朝に海が大荒れで船が出せない状態でした。そこで急きょ西伊豆の井田で決行することになり、スタッフ一同移動してもらったんです。
――今回は、個人的な記録会を開催されたということ。大がかりな試みですね。
フリーダイビングの場合、記録の作り方としては、大会出場、個人アテンプト(個人的な記録会)の2種類があります。それぞれのルールにのっとり、記録が認定されます。今回は個人で審判を呼んで、サポートチームを集めて行いました。
――サポートチームは何人?
水中・陸上合わせて約30人です。水面には2人のスクーバサポートと4人のフリーダイバーサポート、-20m地点に2人、-40mに2人、-60mに1人、-80mに1人……といった具合です。そのほか映像記録スタッフも水中、水面、船上に配置しました。
――30人が個人の記録のために集まってくれたのですか?
これは失敗できないですよ(笑)
――費用も相当かかったのでは?
スタッフには交通費や宿泊費を負担していただいたので、本来ならば150万円くらいかかるところをかなり安く切り詰めることができました。皆の協力があったからこそできたんです。有り難いです。
――昨年の世界大会でコンスタント・ウエイト日本新記録-61mを樹立されてから、わずか11か月後に-76mの記録を出されたわけですが、その間に壁はありましたか?
-60mより深くなると、窒素酔いのような現象や耳抜きの問題など、今まで経験したことのないトラブルが出てきます。そんなとき、日本には周囲に聞ける人がいない。そこで-80m以深の記録を持つ世界中の選手にかたっぱしからメールを出して質問しました。全員、問題解決の方法を返信してくれましたよ。頼もしかったですね。
それと、今回は本番1週間前に、マイヨール氏が3か月間禅の修業をされた禅寺に行きました。聞くところ住職は、当時マイヨール氏に「No Thinking」とアドバイスされたらしいです。マイヨール氏は当時、多くの世界記録を樹立していたため、そのぶん、顔にも不安が表れていたのでしょう。彼はそこで「心を空にして潜る」ことを教わり、精神面でもさらに充実し強くなったのだと感じました。
――-76mを潜る前の心境は?
「俺はできる」「記録を出すぞ」と思うとダメです。何も考えず、頭真っ白にすることが重要。脳細胞は筋肉の20〜25倍の酸素を使ってしまうんです。
――実際-76mは、どんな世界なのですか?
言葉にするのは難しいんですが……。-60mくらいから「ブラッド・シフト」といって、血液が脳と肺と心臓に集まり、手足に血が通わなくなってきます。一種の心地よさというか、不思議な快感が出てくるんですよ。何も触れていないのに海に沈んでいく感覚。身体が海にじわじわと溶け出していく感覚があるんですよ。それがあるからやめられないんですね。
――水面に上がった瞬間の感想は?
ほっとしました。中には酸欠でブラックアウトの一歩手前というようなケースがあります。それだと「危険」とみなされて失格になってしまうんです。-76mで取ってきたタグを見せ、水面で意識がしっかりしていることを審判にアピールしないといけませんし、最後まで気が抜けないのです。
――日常生活では食べ物に気を遣っていますか?
試合が近づくにつれ、少しずつ肉を減らして魚や鶏肉などに切り替えたり、高タンパク低脂肪のものを食べるよう、心がけています。
しかし、冬のオフシーズンは肉も食べるし、酒も飲みます。身体作りが基本なので、逆にストイックになりすぎると身体がもたないんです。体脂肪率も16〜17%。脂肪率があまり低いと疲れやすくなってしまい、冷えやすい身体になってしまうからちょうどいいんです。
――どんなトレーニングをしているのですか?
仕事が終わった後、1日1時間ぐらい割いて、ランニング、エアロバイク、水泳のいずれかをこなします。エアロバイクは関節に負担をかけずに大腿筋を鍛えられるので、ダイバーにとってもいいトレーニングかもしれません。あと筋トレですね。あまり太い筋肉作ってしまうと、そこで酸素を消耗してしまうため、ヘビーな筋トレはやらず、チューブトレーニングなどで持久力の強化をしていきます。
――普段は仕事をされているのですか?
サラリーマンです。全国の浄水場を建設している会社に勤めています。僕は現場の人間なので、長期の出張もあります。その場合は、エアロバイクを持参したり、ホテルの近所にプールがあるかもチェックしますね。環境が変わるので、逆に集中してトレーニングできますよ。週末は《ブルー・ブラッド・ブロス》で借りている伊豆の部屋に仲間5〜6人で泊まり込んで、トレーニングをしています。冬の夜は鍋パーティ、夏は流しそうめんで盛り上がり、まるで学生の合宿状態。楽しいですよ。
――これからの目標は?
やはり団体でメダルを取る喜びはたまらないですね。世界選手権の団体競技は3人1組の総合得点を競うのですが、その喜びや達成感は3倍どころではなく、5倍、10倍です。去年のハワイで行われた世界大会では男子銅メダル、女子銀メダルだったので、来年も男女揃ってメダルを取りたいです。そして、いずれは沖縄辺りに世界選手権会場を誘致して、男女揃って金メダルとりたいと思っています。
――篠宮さん自身の最終目標は?
マイヨール氏はノーリミットで-100mの記録を出したのですが、僕はコンスタントで-100m潜りたい。現時点でのコンスタントの世界記録は-95mで、オーストリア人のハーバート・ニッチ氏が保持しています。彼は33歳のパイロット。早くしなければ-100m出されてしまいますね(笑)。僕自身は、来年-90m目指しています。
――今後もさらなるご活躍を期待しております。ありがとうございました。
(’03年10月17日、本誌編集部にて)
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